Columbus Blog

新発見日記。ただし発見の意味は広義・・・感想・愚痴もときどき・・・

辛酉年春正月庚辰朔

2010.02.11 Thursday 15:59

きょうは2月11日。
年齢がばれるが、わたしの幼時はまだ建国記念の日などなく休日ではなかった。
高校生の頃か、当時は昔の紀元節が復活した、とかそんな程度の知識しかなく、
ただただ学校が休みになる日が増えてうれしい、というのが実感だった。

神道にたずさわっているわけではなく、国粋主義者でもないが、
姉妹サイトで神社などの紹介をしている以上、
ここで、この日の由来をおさらいでもしてみようかと。

紀元節は、明治5年に制定され、当初は1月29日だったが、
翌年に2月11日に改訂されたということだ。
1966年に佐藤内閣により「建国記念の日となる日を定める政令」を定めて公布し、
即日施行された。
「建国記念日」ではなく「建国記念の日」としたところにもいろいろ配慮があったと聞く。

まあ、それらはいいとして、問題は紀元節の根拠だが、
これは、神武天皇が即位した日を指し、
これをもって日本建国の日ということにしたわけである。
それではなぜ、神武天皇イコール日本建国となるかだが・・・。

神武天皇以前にも、古事記などでは、かなり多くの神々の名が記されている。
ちなみにそのいちばん最初に表されている神々としては、
天之御中主神をはじめとする造化三神を含む別天神五柱、
および神世七代と呼ばれる神々などがあるが、
よく耳にするイザナギ・イザナミ(伊邪那岐命・伊邪那美命)でさえ
この神世七代の最後の七代目の神である。
天照大神や素盞鳴尊(スサノオ)はさらにその後でそのほかにも多数の神々が続く。
神武天皇はずっと後に登場するのだが、これらはいちおう伝説の存在ということで、
「ここからが実在の人物」と断定できるのが神武天皇ということらしい。

さて神武天皇の即位の日だが、日本書紀に「辛酉年春正月庚辰朔」
(かのととりのとし・はるしょうがつ・かのえたつのついたち)という記述がある。
これを現代の太陽暦であるグレゴリオ暦に換算すると、紀元前660年2月11日となる。
これが本日が建国記念の日とする根拠というわけである。

余談だが、紀元前660年が神武天皇が活躍した時期だとすると・・・、
三国志時代末期、紀元260年前後に晋の国と倭の国邪馬台国との交流があるのだが、
日本初の女性天皇は推古天皇で在位は592〜628年である。
それ以前の女帝に近い存在では神功皇后があり、一時卑弥呼説も生まれた。
卑弥呼がだれか、その娘の台与とはだれか。
歴史はミステリーと思うわたしには、このあたりをもっと調べてみたい気がする。

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