Columbus Blog

新発見日記。ただし発見の意味は広義・・・感想・愚痴もときどき・・・

日本最東端の日の出

2007.05.12 Saturday 19:49
金曜から休みをとって銚子の宿に一泊。
近くなのにまだ一度も行っていないというので家族3人で小旅行。
妻が選んだ宿は、銚子でいちばん古い「ぎょうけい館」。
ぎょうけいは暁雞と難しい字だが現在はひらがなを用いている。あかつきの頃に鳥たちが羽ばたいたことからの命名らしい。
明治・大正の文豪たち、島崎藤村や国木田独歩、高村光太郎、竹久夢二など数多くの著名人が利用したということだ。なかでも、高村光太郎は大正元年の夏、ここ犬吠埼に遊び、別の旅館に泊まっていた智恵子と出会いこの宿に呼び出したりしたという。
犬吠埼の灯台とそれに連なる海が一望できる宿である。
宿の室内から

部屋から左手に見える犬吠埼の灯台。
ぎょうけい館から見た昼間の犬吠埼

これは右手を眺めたところ。
ぎょうけい館より右手の海を

当時日本女子大の学生だった長沼智恵子は、福島県二本松の造り酒屋の娘だったということだが、わたしは二本松出身の友人と、また別の福島の造り酒屋の美しい娘を妻にした元同僚のことを思いだしたりした。

下は99段の階段を登って灯台の上から撮ったもの。高所恐怖症気味なのにムリして登ったので撮影も冷や汗状態だった。
犬吠埼の灯台から

また、島崎藤村は、明治31年4月にこの宿を訪れ、その足で、すぐ近くの利根川を舟で遡り、当時布佐にいた柳田國男に会いに行ったという。この経緯は「利根川くだり」に記されている。(銚子はわが利根川の河口があるところだった!その河口の形からとっくりの銚子という名もついたとか)

さて、銚子の犬吠埼は、日本最東端ということで、富士山や離島以外ではいちばん早く夜が明けるということである。したがって、元旦にはここで初日の出を狙う同好の士も多いという。
徳富蘆花も当時のベストセラーとなった著「自然と人生」の一遍である「大海の出日」でここ犬吠埼の夜明けの描写をしているということだ。
元旦ではないがそれではということで夕食後一眠りして日の出を狙ってみた。午前4時34分。(三脚もってくるんだったなあ!予感がしたんだけど)
犬吠埼の日の出
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自転車のない町

2007.04.11 Wednesday 23:28
お互いカラダのあちこちにガタがきているので海外はムリかも、ということで、とりあえず実験的に国内旅行に出かけたわけであるが、やっぱり疲れたなあ。でも、妻は、そういいながらも、逆に、行ける内にということで、足をさすりながらももう旅行雑誌を手にとっている。わたしのほうは減量しないとエコノミーのシートには半日も乗ってられないから困ったな。ビジネスクラスでヨーロッパ?ちょっと予算的にムリなんじゃないかな?

写真は定番、ハウステンボス。左の全日空ホテルに宿泊。まあまあいいホテル。
ハウステンボス

ほとんど雨になるかも、という天気予報だったが、なんとか若干の雨で持ちこたえてくれたのは幸いである。ああああ〜長崎ぃわぁきょうもなんたら〜がそのままではちょっとつらいからね。ちなみに長崎がとくに雨が多い根拠はないという。日本の最西にあたるので、最初に低気圧がやってきて雨が降るからなのではないか、ということらしい。

これも定番。オランダ坂。
オランダ坂
坂が多い街ということでわたし的には坂道だけを追いかけてみたかったのだが、おそらく最初で最後の訪問ということで、結局、有名処をひととおり。もちろん、長崎市内の前にはハウステンボスとやらも。坂道カットは名所のオランダ坂だけを。
案内のタクシー運転手氏によれば、坂道が多いため、自転車は無縁という。そういえばほとんど見かけない。坂道を登って突き当たった道がまた坂道だから、自転車通学・通勤というのもつらいね。平地といえば埋立地。出島を通して異国文化がここからのみ入ってきた割には現在でも人口40数万程度の発展具合なのは、この地形が起因しているからだろうか。夜景がきれいということだが、まあそうだろうね。さかんにすすめられた夜景を見るだけの夜の観光はやめておいた。夜を撮るにはいろいろたいへんだからね。三脚は持っていかなかったし。

グラバー園なんか、エスカレーターもあるもんね。年寄りにはこうでなくちゃあね。しかし、観光地なんだから、もっと自然に溶け込ませたデザインにできないもんかねえ。これだから、日本はいつまでたったもフランス人にバカにされるんだ。
グラバー園のエスカレーター

ちゃんぽんは、思ったよりクセがなくてまあまあの味だったけど、東京日本橋の長崎楼のほうがうまいね。どうも、南の食べ物はわたしには甘すぎるようだ。塩気が足りないね。なんてったって、カステラが名産だもの。沖縄なんか、お菓子といえば砂糖をかためたような「ちんすこう」だけ。しっぽく料理は食べなかったけど、あれは料理というより食べ方・形式を料理名にしたものらしいし。盛岡わんこそばなんかと同じか。うまいまずいのものではないようだ。
横浜よりずっと小規模な新地中華街というのもあったけど、本格的には食べていない。

平和祈念像

原爆関連の広場や記念館とかは、痛い足をひきずりながらもひととおり見た。だいたいはいままで報道で見知っていたことなのだが、ひとつだけ。
被爆時に日本軍の捕虜となって過酷な労働を強いられていた米人のコメントがビデオ編集されており、そのなかで「原爆は(野蛮な)日本人の降伏を早める意味で価値があった」としていた。
つらい俘虜生活がそういわせたのかも知れないが、被爆の度合いが比較的少なかったせいもあろうか。アメリカの圧力により、原爆に賛成という虚偽の意見を捏造させられているのであれば問題ではあるが、考えすぎか。

出張以外にいままでほとんど旅らしいものをしたことがなかったが、名所巡りというのは、そのモチーフに興味がなければつまらないなと思った。
わたしにとっては、これからの数少ない旅行は、美しい光景がある場所に限定したい。

長崎の歴史とは直接関係ないけど、永井博士とかいうゆかりの人の屋敷跡に緑の桜が咲いていた。これが御衣黄というものらしい。ふつうの桜もちょうどいいころではあったけど。
緑色の桜、御衣黄

ということで、次は、電線のない美しいヨーロッパの街・村しかないだろう。
で、減量が必となる。妻に言わせれば、強烈なイビキを緩和するにもやせることが課題になる。
困ったな。

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チャンスの得失

2006.06.04 Sunday 19:41
きょうは、「光」の開通日。
昼少し前に工事でそれから午後にかけてメール等の設定。
最大100Mbpsということらしいが大して早い気がしない。
測ってみると20Mbps程度しかない。こんなもんなの?感慨がまるで少ない。
今回はプロバイダの変更とかが主眼だったし、光はいつかは変えようと思っていたことだからまあいいか。
で、きょうはちがう話。

夕方からあまり乗らないとすぐ故障するおんぼろバイクの慣らし運転もかねて出かける。地元の未掲載の大房地域の補足カットを撮りにいくのがメインだったが・・・。
先週、帰宅時に、栄橋のたもとの大きな碑が立っているそばで、やたら大きな鳴き声で「ミミズならぬクビキリギス」が鳴いていた。この前のブログで紹介できなかった(ミミズの鳴く音)ので、できれば捕まえて撮ってやろうと思ったのだ。
ところが・・・。

最初に行った大房地区でいろいろ撮ったあと昨年秋に見つけた年代モノの火の見櫓(05/09/18付ブログ「人工と自然」に記録)を見てやろうとさがしたのだが、見つからない。どうも壊されてしまったことが分かった。
それが、以下。
大房火の見櫓跡地
これが昨年9月現在の写真。
大房昨年9月時
もったいないねえ。あのままにしておきたかったなあ。
でも、わたしは貴重なシャッターチャンスを得ていたのかも知れないね。
この昨年撮ったカットは価値があるぞ。

いろいろ写真を撮って帰宅直前に橋のたもとまで行ってみると、なんと碑の前の草むらがきれいに刈り取られている。
碑は利根川の治水に貢献した小久保喜七氏のもの。署名に男爵田中義一とある。野良猫が寝ている)
栄橋たもとの碑
金曜日まではぼうぼうだったハズだよ。これではクビキリギスも見つけられない。ああ、ここではシャッターチャンスを逃してしまったな。

きょうはプラスマイナス1か。
でもクビキリギスはまだチャンスがあるけど、あの火の見櫓はもう2度と見られない。わたしとしては貴重なカットが撮れたわけだが、実物が残っていてくれたほうがやはりよかったなあ。

チョコがまた調子を悪くしてしまった。体重が減ったので少し多めに食べさせたら一発で、下痢。吐き下しに。ほんの少しだったのに・・・。食欲はおおせいだがどうも消化能力に欠陥があるようだ。困ったな。
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Madな街?

2005.12.21 Wednesday 20:35
千葉県に松戸(まつど)という市がある。JR常磐線にも同名の駅もある。
長年この線を利用しているが、この駅で降りたことはほとんどない。
ところが、最近、車内の電光掲示板を見てふと思った。
それは快速電車で柏駅を過ぎて次が松戸となる時点だった。

次は「マツド」

電光掲示板のカタカナの文字はツが少し小さく見える。
(本当はそうではないのかも知れないがわたしにはそう見えてしまう)
で、「マッド」と読んでしまった。読めてしまったというほうが正しいか。

前の古い電車で車内にこうした掲示板がなかったときは、
駅のホームなどでの平仮名の「まつど」しかなかったわけである。
そのときは「まっど」という読み方は思いつかなかった。

松戸はマッド、Madな街なんだ、なんて思うとなんか楽しくなった。
きっと市民のだれかは、「Mad City 松戸」なんて
呼んでるかも知れないなと思った。
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鵜渡根には疎かった

2005.11.21 Monday 23:36
下田行は前回にも増して酒浸りの旅となった。
一昨日19日の朝、8:55東京駅発の普通列車に乗り熱海へ、
その後伊豆急に乗り換えて下田まで、
都合4時間ほどビールと黒糖酒、さらにワインを間断なく飲む。

下田について、藪そばという店で2時間程度、
ビール、焼酎などで昼食がわり。ここの蕎麦はまあまあだな。

その状態で、ロープウェイに乗ろう!とだれかが言う。
ふーーん、寝姿山というのか。
運賃は1000円、ちょっと高いか。

ロープウェイ乗り場ロープウェイ
少し紅葉してるか。

酒に漬かった身体をなんとか動かして展望台へ。
寝姿山展望台から


ここから下田湾を一望できるとともに、さらにその奥に
大島から利島、新島、三宅島、式根島、御蔵島、神津島の伊豆七島が見える。
ちなみに伊豆七島には式根島は含まれておらず、
かわりに上記に八丈島を加えて伊豆七島という。
(八丈島は遠いのでここからは見えない)
不思議な話だが、新島と式根島はもともとひとつの島だったからだという。
また、利島と新島の間に鵜渡根という島がある。
これも知らなかった。
伊豆七島とは単に7島だけだと思っていたのだが・・・。

山の頂上という割には展望箇所もいくつかあり
大砲が設置されていた場所など意外とスポットが多かった。
そのため、ふうふう言いながら、まだ登るのかよ、
と泣き言をいいながら酒臭い汗を流したわけである。


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探索レベル

2005.09.10 Saturday 23:16
サイト開設ほぼ1年。ひととおり地元を見てまわったので、その探索では第2段階に入ったような気がする。RPGなら「タヌポンはレベルがあがった。stが+2上がった・・・虫除けの魔法を覚えた・・・」などというところだが、成長速度は早いのかどうか。どちらかというとレベルが低いくせにあちこち廻りすぎて見落としていることが多い、というところか。
そんなわけでレベル兇世ら、地元の人にいままでの疑問点を聞いてみるのもいいかと思っていると、いつも人のいない場所に婦人がいる。何を祀っているのか分からなかった鳥居のある場所なのだが、聞いてみると道祖神だった。
「道祖神はふつう北向きに建てるのだけれど」という面白いテーマを提供してくれた。(この話はこちらに)

また、ある神社では、昨年、生まれて初めて別の場所で見た榧(カヤ)の実がもう落ちていたので写真をとったのだが・・・。

カヤの実とカヤの樹(以下画像はすべてクリック拡大できます)
榧(カヤ)の実榧(カヤ)の樹
ちなみにカヤの実は食べられるそうだがまだ試していない。

そのカヤの樹の根元をふと辿ってみると、なんといままで気がつかなかった石祠がある。カヤの実がまるでわたしをそこへ誘ってくれたかのようだ。蛟もう神社はさすがに利根町最古の歴史をもつだけに、奥が深い。

蛟もう神社門の宮境内の隠れた石祠
榧(カヤ)の樹の根元の石祠

また、別の探索場所ではカマキリがくもの巣に捕まって死んでいるのを見かけた。可愛そうにと手を伸ばすと、なんと鎌を振り上げて身構える。ソヤツは他人いや他生物の褌で相撲をとろうとしていたのだ。しっかりしてるなあ。
ほかにも追加で撮った石塔に、緑(7/20付本ブログに掲載)ではなく茶色のナナフシも見つけた。
ナナフシってそんなにありふれた昆虫だったのか?

ふたたびカマキリとナナフシ
しっかりもののカマキリ茶色のナナフシ

夕焼けは適度の赤さ(ヘンなたとえか?)。
きょうの探索はまずまずの収穫だ。

好きな利根川の夕陽
利根川の夕陽
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赤い橋

2005.08.13 Saturday 23:43
新利根川、惣新田地区を探訪中、こんな橋を見つけた。

新利根川の廃橋
クリックして拡大できます

相当長い期間、この状態のまま野ざらしにされているようだ。
でも、見苦しいとはなぜか思わない。
都市の真ん中にこれがあれば、住民はさぞかし不平をいうことだろう。

でもここではきっとだれも何も言わないだろう。
自然と同化しているならむしろこのほうがいい。

そういえば、昔、赤い橋という唄があった。

♪ 不思議な橋がこの街にある
  渡った人は帰らない ♪

浅川マキのあの独特の声がいまも耳に響く。


浅川マキはたまらなく好きな歌手のひとりです


鉄錆のこの橋は渡ろうにも渡れない。
渡って帰ろうと欲しても渡れないから帰れない。

わたしはふと自分の右奥歯の痛みを思い出した。
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発見と天啓

2005.08.06 Saturday 23:19
相も変わらず休みということで前夜、夜更かしし、
明け方寝て正午に起きることに。

夏休みをムダにしないためにも
やるべきことはきょうやっておかないとと・・・。
まず、図書館で史料本を借りること。
明日以降の探索の足となる50ccのバイクにガソリン入れて
バッテリーを修理してもらうこと。

まずこれらを早めにすませて置こうと出かけたわけである。
(妻は可愛そうに夏風邪を引いて寝込んでいる、最近、事故とかいろいろあってたいへんだったから)

ところがまずスタンドでガソリンを入れてもらって
バッテリの話をしてみると、すぐには直らないような話。
困ったなと思ったが、
バッテリ液が少なくなっていたのでとりあえず入れてもらった後、
走らせてみると・・・調子がいいのだ。
これで図書館へ行った後、
バイク屋に寄り修理してもらう必要がなくなってしまった。

まだ午後2時である。

それならと、帰宅せず、先週、夕暮れ時に発見し撮り逃した
蛟もう神社近隣のスポットに行ってみることにした。
デジカメとかは念のため持っていったのである。
わりと短時間に首尾よく撮れたので、幸先よしと
今度は円明寺近隣の未踏の地を少し調べてみようと思った。

バイクならではという細い路があちこちに走っている。
適当に進んでいくと詳細地図には載っていないところに祠を発見。
さらに鳥居も発見。またまた石像なども・・・。

円明寺近隣の鳥居。前はいずれも細い路地である
円明寺近隣の鳥居

円明寺近隣の鳥居2

望外の発見に喜んだが、
昨日、「探訪知識の巻」というコンテンツを自分でUPしておきながら
防虫スプレーを持ってこなかったせいか、
それはそれはひどい目にあった。
カメラを覗いているだけの無防備なわたしへの薮蚊の襲撃は
容赦ないものだった。
そうそう、防虫スプレーを買うことも本日の目的だったのに
手順前後してしまった。

でもいくつもの発見に気をよくして、その後、マツキヨでスプレーを買い、
いったん自宅にもどったのが3時。まだ早い時間だ。

コンテンツ創りは夜にして、久しく歩いていない利根川遊歩道を
少し散歩してみようと思った。
まだ暑いが平気である。
何気なくカメラだけぶら下げて出てきたのだが・・・。

これも久しく歩いていなかった路を進んでいくと、
ふと脇をみると祠がある。
いままで何度となく通った路なのにどうして気がつかなかったのだろう。
すぐ近くにおばさん2人が立ち話をしているので聞いてみると
やはりずっと前から建っている大師様の祠だという。
なんとそのひとりの家の所有で、
彼女の祖父が昔、四国を巡礼した記念として建てたもので
もう3代も続いているのだそうだ。
これも発見だ。

羽根野の個人宅にある大師の祠
羽根野個人宅の大師

やはり来てみるものだ、と思って進んでいくと諏訪神社の裏門に・・・。
ここを登るのはきついんだよなあ、と迷ったのだが意を決して登ってみる。
44+8+10段だけど最初の階段は
勾配が45度いや60度もあるようにみえるきつい階段なのだ。

登りきってへとへとになってなにげなく左手を見ると、
なんと2つの朱色の祠が・・・。

少し坂になっている奥に2つの祠が並んでいた
諏訪神社の大師

ここにもほんとに何度も来ているのに
気がつかなかったのは?
というより、どうしてきょう、気がついたのか?
少し不思議が気がした。

さっそくカメラで撮ろうとしたが、なんとバッテリ残量マークが赤く表示。

ああ、昨日、これも「探訪装備品」で控えのバッテリを忘れずにと
自分で書いておきながら、コレである。
しかも境内のなかに入り、よく見ると、
いままで詳しく紹介していなかった石像がやけに目に付くので、
バッテリを気にしながら少しでも・・・と撮っていると、
こんどはまたしても薮蚊の大群が・・・。
ああ、さっきの買ったばかりのスプレー、どうして持ってこなかったのだ!

これにはとてもがまんができなくて表通りに飛び出した。

「もういちど、装備を整えて訪ねてきなさい」
という天啓なのだろうと真実、思った。
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松崎のクマゼミ

2005.07.24 Sunday 23:05
旅行2日目。
夜中の1時頃から起きて、ビールを飲み続けながら、それでも帰京する前に、松崎でも見てこようかということで、バスで西へ。

わたしは少なくとも20年以上も前にいちどだけ、夏、松崎の民宿に来たことがあるが、当時とくらべずいぶん変化したようだ。海岸にはプリンスホテルなどなかったしなあ。
街並みも観光誘致なのか、真っ白ななまこ壁の土蔵や塀などがやたら目に付く。でもそんななかに時代的な建造物があちこちに散らばっていてなかなかのんびりした雰囲気で、同行のみんなもすっかり気に入ったようだ。

こんな土蔵をもつ家は少なくなった。
松崎のなまこ壁土蔵

とても開業してはいなさそうな医院の入口にアルファロメロが1台。
古びた医院とアルファロメロ

しかし、そんなこともさることながら、わたしが心ときめいたのは、「クマゼミ」の鳴き声だ。

シャワシャワシャワシャワ・・・・・。

関西以南ではそんなに珍しくないそうなのだが、少年のころ、故郷の金沢には生息していないこの大型のセミ(当時、日本でいちばん大きなセミと言われていた=現在でもそうか?)をいつか捕まえてみたいと思っていた。東京にももちろんいない。

それがこの松崎の海岸付近の松林では、声をそろえて合唱しているではないか!
背丈の高い松でとてもカメラには捕らえられなかったが、ある瞬間には別の木でわりと間近で見ることもできた。

シャッターチャンスが結局なく、名残惜しそうにみんなの後を追ったが、そんなわたしに食通のK氏は、
「セミは結構うまいんだけど、クマゼミはだめだね。骨っぽいんだ」



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東海「代」地震

2005.07.23 Saturday 18:00
何年か振りに伊豆下田の温泉に1泊ながら行くことになった。
勤務先関連、男ばかりの7人の旅だったのだが、結果的に6人となってしまった。

1人減った理由は後にして・・・わたしは酒が大好きなのだが、昼食時にはビールをコップ1杯でも飲むことはそれほど好きではなく、ましてや朝から酒を飲むなどということは、来客がない限り正月でもあまりないのである。というのも、夕方まではどうも腹の具合がいまひとつで、アルコールへの臨戦態勢がとれていないような気がするからだ。

ところが、この日は、そうはいかない。
酒豪がそろい、わざわざ「たくさん飲む」ために東京駅から鈍行に乗る。のんびり湘南や東伊豆の景色を楽しみながら酒を飲もうというのだ。
他のメンバーは、前の同様な旅行には朝8時発の電車で通勤客の顰蹙を買いながら朝から飲み続けていたというのだ。
こんな人たちと一緒では、とても「朝はまだ体調がよくないので」などと言って酒を断りきれるものではない。

なんて言いながら、なんのことはない。飲めば飲めるものだ。
それから2日間、自宅に戻るまで飲み続けだ。
ホテルも最高だったし・・・露天風呂も24時間入れるし、部屋には小さな庭があり、これも何年ぶりかで下駄を履いた。
部屋の庭へ出るための下駄

それにしても湘南、東海地方というのは申し分のないいいところだなあ。
魚はうまいし、暖かいし、洗練されているし、しかも少なくなった自然の風情もある。鎌倉でなくても湯河原なんかも最高だね。
年取ってから住むには申し分ないところだが、地価はさすがに高いよねえ。

昔はそれでも都心から遠く離れれば、わたしなど庶民にも手が届かないわけでもなかった。とても通勤には・・・というのが大きな理由ではあったが、それ以上にひとつだけ問題なのが、「東海大地震」への恐怖だ。

夕方、食事前にそんなことを話しながら、遅れてくるもう1人のメンバーO氏がそろそろ東京を出てこちらに向かったかな、などと話していたそのとき、グラッときた。
この程度なら震度2か3かなと思ってテレビをつけると、震源は東京。震度5だあ?!

しばらくしてO氏から携帯にTEL。北千住から電車に乗ったらすぐ止まった。参った。とのこと。

結局、彼が上野に着いたのは9時過ぎ。30分で行くところを3時間以上かかったわけである。これではとてもそれから東京駅に向かって、東海道線に乗って・・・というわけにはいかない。
下田行きを断念せざるを得なかった酒好き・人好きのO氏はさぞかし無念であったろう。

われわれはそんな「日頃の行いの悪い」O氏を肴にさらに盛り上がり・・・。


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