Columbus Blog

新発見日記。ただし発見の意味は広義・・・感想・愚痴もときどき・・・

心入れ替えたか、NTT

2005.08.17 Wednesday 22:14
ここ1か月ほどパソコンの調子が悪い。
調子というのは、インターネットの接続が
頻繁に遮断されてしまうことをいう。

当初はプロバイダの故障だと思った。
過疎地域の弱小プロバイダで技術的に劣るんだろうなあと
いう解釈だったが、聞いてみると故障してないという。
よくよく調べてみるとどうもわたしのところだけの問題のようだ。
失礼してしまった。
対応法を教えてもらってその通りにしたら繋がるようになった。

しかし、すぐまた切断されてしまう。
同じ方法をとると一時的に復活する、というのがなんとも不思議で、
これはACアダプタの接触異変なのかと最初思った。
しかし、それでも、突然、切断されてしまう。
ACアダプタのところをガムテープでくくりつけていたというのに、だ。

あとで聞いたのだがNTTの話では、
ACアダプタのゆるみで接続が切れることはまずない、という。
これはオールオアナッシングで、点いたり消えたりはないのだという。

思い余って昨日、NTTに電話した。

ここからが実に意外だった。
信じられないほど対応がいいのだ。

たしかADSLに変えたのは2年ほど前だったと思う。
電話線やパソコン・モデム・ルーターとの接続など全部自分でやって、
ただ回線を通して貰うだけでいいと言っているのに
地元の茨城の案内のおばさんは、方言まるだしで電話越しに言う。
まるでインターネット初心者のようにこちらを馬鹿にした口調で。
「お客さん、自分で繋げるって、オホホ。そんなことムリなんですよ。あのね、繋げるって技術の人しかできないから、作業の人いきますから。ですから工事費はね、かかりますよ、オホホ。ダメですよ」
わたしは頭にきて、すべての準備を整えておいた。
担当者が自宅にやって来たとき、
わたしはモデムをよこせといって自分で繋げた。
作業員がやったことは、「作業完了」という本社への合図のひとことだけ。
それだけで「工事費」と称して2万円ほど請求された。
(モデムの買い上げ料金は含まれていたかもしれないが)
確かに大の大人が出張すれば1万円ほどの手数料はほしいかも知れない。
しかし、これではいつかNTTはつぶれてしまうだろうと確信した。
民営化されたといっても所詮、官。
こんなやつら、案内のババアも含めてリストラされてしまえと
本気で思った。

ところが2年経ったいま、態度は豹変した。
昨日の電話応対から、本日のわたしの留守中での対応。
大体苦情を言った翌日にもう調べに来てくれるなんて
昔のNTTにはない行為だ。
しかも本日、なんと3人も来て、無料で、
何年か前のこの地方の雹被害での回線破損を鑑みて、
電話線交換工事もしてくれたのだ。

信じられない。
あの高慢・不遜・高価・しかも対応の遅い電電公社いやNTTが。

とりあえず、現在、接続はうまくいっているようだが、
もしルーター(NTT製ではない)の不具合が
最終的な原因だったとしたら・・・。

そのときも、高価なNTT製のルーターを半額以下に、
いやもっと値切ってもうまくいくのでは、と思うくらい。
だってもともと3倍くらいの値段の殿様商売をしていたのだから。

郵政民営化だけでなく、それらの厳しい競合化を切に望む。
反対している輩はおしなべて悪徳癒着にからんでいるのではと疑う。
といって、小泉首相側もすべて品行方正といっているわけではない。
別件でそれぞれがなんらかで癒着というかしがらみがあるだろう。
どんなに当初、高邁な夢を抱いた政治家でも最後は必ず、腐敗する。
それが現代いや古今東西の政治家の宿命か。
そして、結果、より不満の多いほうを解決する多数決か。
そんなもんか。
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日本経済からの訣別

2005.04.30 Saturday 23:35
先日訪問した日立中央研究所の庭園探訪記を
やっときょう「じぶん探訪その6、武蔵野への憧憬」でUPした。
ところが、なんとしたことか、
その中で少し、作家、三島由紀夫の悪口を書いてしまったのだが、
本日の日経朝刊では同作家を褒めちぎっているではないか。

さらに、朝日の天声人語にあたる春秋というコラムでは、
昨今のインターネットのブログを酷評し、
ブロガーなど個人サイトを開設している人たちを、
「有名になりたいのか」「自分に酔っているのか」と批判している。

「誰も読んでくれなくともいい」という控えめな発言を
居直り(文中では祈りと称している)と解釈したのか
エルサレムの嘆きの壁に比喩し、
挙句は宗教がネットの闇に宿っているなどと言う。

「たわいのないがっかりする内容」で筆者を煽ったりするべきでない
などと矛盾した発言で擱筆した。

つまらない内容で煽られる者などいるものか。
筆者は無論、そうではないが、という前提が見え隠れし、
その他を衆愚と見て侮蔑する傲慢。

いっぽう三島だが、すっかり忘れていたが、
そういえば、三島と太宰とは仲が悪かった。
それはそうだろう。
三島には太宰のような天性の才能がない。
三島はすぐれた頭脳をもった努力家ではあるが、天才ではない。
そのことに彼自身、気づいていたからいつも絶望しあえいでいたのだ。
新聞では三島が一生懸命に下調べをしていたことを褒め称えていたが、
その暴露は実は彼がもっとも嫌うことだっただろう。

どうも日経とわたしとは昨今、ますます乖離していく。
そろそろ、傲慢と金満からは訣別か。

(金満はとっくに先方から愛想を尽かされているけどね)
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目からウロコ

2005.02.10 Thursday 23:11
発見があってもすぐ書き留めて置かないとたちまち忘れてしまう。
ここ何日もこの日記を記すことができなかったのは、
発見がなかったというより、
あってもすぐそれを忘れてしまったからかも知れない。
まあその程度の発見ではあるのだが・・・。

つい先日、とても面白いことを「発見」してびっくり仰天とまではいかないが、
なるほどと思ったことが(確か)あった。
そのとき、発見の瞬間になんと「目からウロコ」がポロリと落ちてしまった。

しかも、不思議なことに「目ウロコ」というくらいだから
眼前が以前より明快に見えるのなら話がわかるが、
急に視界がぼやけてしまったのだ。
このアンバランスな感覚!

ほんとうにウロコが落ちたのに、である。
床に落ちる音すら、したのである。ぽとりッ、と。

その落ちたウロコを取り上げてみると、
なんとメガネの左目のレンズだった。

なるほどこれでは焦点が合わないハズだ。
そう言えばその少し前に家の床につい置き忘れていたメガネを
思わず踏みつけそうになりあわてて拾い上げたことがあった。
そのとき、間一髪セーフと思ったのだが、
少々間に合わずにほんのわずかだが踏みつけてしまって
フレームが若干、歪んでしまったらしい。
わたしの体重では少しといっても相当の圧力がかかったことと想定する。
そのせいでレンズが落ちやすくなってしまっていたようなのだ。

なにもそんなときに限ってレンズが落っこちなくてもよさそうなものなのだが、
それがちょうど何かを「発見」した瞬間だったのだ。

ところが、あまりの驚きに、そのとき
肝心の「最初にどんな面白いことを発見したのか」その内容を失念してしまった。
いまも思い出せなくている。

でもきっと「目ウロコ」を疑似体験してしまったことのほうが
そもそもの発見事項より価値があったのではないだろうか
と思って納得することにした。


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転機の年

2004.12.31 Friday 23:59
忘年会の「忘年」とか、来年こそ、今年こそいい歳で・・・
という「こそ」には、行く年の辛さ、苦労が語られている。

しかし、わたしはいままで幸福だったのかそれとも鈍かったのか、
こんなイヤな年は早く終わってぜひとも来年をいい年にしたい、
と強く願うことはなかった。
神頼み的なことがあまり好まないからなのか、
それらが慣用句だから実感が薄かったのか。

しかし、とくに新潟県の人びとが今年被った数かずの災いのことを考えると、
こんな年は早く忘れてしまいたい、
来年こそはと願う気持ちがひしひしと伝わってくるような気がする。
そんな被災地の人たちとは比較にならないのだが、
わたしも初めてそんな気持ちにいまなっている。
今年は、わが家は天変地異の被害はまったくなかったわけだが、
いろいろな試練がふりかかってきた。

来年をなんとかしよう、と強く、思う。

しかし(しかしが多いな)、わたしの場合、今年を忘れる、
ということもできない。
なぜなら、このサイトを開設したのも今年だからだ。

年賀状にもまったく手をつけずに、この幾日かひたすら
明日元旦にUPしたいリニューアルTOPページのレイアウトに
とりかかっていた。

いつも年賀状の決まり文句に、
「転機の年」などというフレーズを意味もなく入れていたのだが、
わたしの2005年はまさしくそれを実行しなければならない歳になりそうだ。

余談だが、ワープロはだじゃれ名人を確実に育てている。
今年はさながら悪「天気の年」だった。

ところで、降る降ると言っていた大雪は、どうした?
(こちらは月が出ている)


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書斎進化論

2004.09.17 Friday 23:35
どこかの不動産かインテリアかのテレビCMで書斎を紹介していた。
純和風で、座椅子に机、脇息、生け花、障子、畳・・・
まあね、というところなのだが。

「こんなの若い人は要らないわよね」と、妻。
「年寄りだって要らないさ」と、わたし。

座椅子なんかじゃ足が痛くて長時間座ってものを書いたり、
パソコンを叩いてなんかいられない。

では、だれが使うんだろう?

マンションや戸建の内装に関わる人は、
いわゆる書斎の画一的、貧困なイメージを早く捨て去るべきだ。

お客にみせるためだけの部屋?
そんな贅沢はわたしたちには無縁のようだ。
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