Columbus Blog

新発見日記。ただし発見の意味は広義・・・感想・愚痴もときどき・・・

夕焼けと地震

2005.09.07 Wednesday 23:33
帰宅時、方向が同じ同僚と上野で一杯飲るかということになった。
そのときにふと見上げた夕陽がとても赤かった。
同僚は「きれいだな」としばし見とれていたが、
わたしは昨年のことを思い出してそれを言おうとして
途中で止めてしまった。
口にすると現実になってしまうといやだな、と思ったのである。
そのときはカメラを持ち合わせていなかったので撮れなかったのだが・・。

以下の写真は実は昨年10月16日に撮ったもので、
この夕陽に関してわたしのサイトの「気になる果実、赤い夕陽」で拙文を載せた。

夕陽の赤さと地震との関連についての素人判断である。

いつかくるくる、いつ起きても不思議はない、
と言われ続けながらすでに20年は経っているのではないだろうか。
東京および東海の大地震。
それが、阪神大震災。そして昨年の新潟の大地震。先日は宮城県。
なにか東京を中心にまるで台風の渦巻きのように
それが近づいてきているような気がするのはわたしだけだろうか。

勤務先が東京都内にあることに次第に恐怖を感じつつある。
へんな話だが、わたしのリタイヤを待っていてくれているのではないか。
そんなことを本気で感じているきょうこの頃である。

昨年10月16日の異常な赤さの夕焼け。この直後にM5.6の地震が2回続けて発生した。
(クリックして拡大できます)

赤い夕陽2赤い夕陽1
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孔明的予報

2005.03.04 Friday 23:30
昨夜の気温や気配からみて雪は降らないのではないかと予想していた。
しかし、気象庁の予報は当たった。
ここ1〜2年くらいだろうか、天気予報が結構、当たっているという印象がある。

というより、わたしの感覚では
それ以前はまったく当たらないという評価であった。
まったくというのは厳しいかも知れないが、
素人のわたしが適当に予想したもののほうが当たる確率が高かったからである。

ここ数年で優秀な予報官に変わったにちがいないとわたしは思っている。
技術の進化によりデータ収集がより緻密になったせいもあるだろうが、
わたしはそれだけでは予報の精度を上げるのは難しいと思う。

私見ではあるが、やはりもともと気象について興味があり
子供のときから天気図を見るのが好きで
実際の天候とそれとの符合性について
無数の個人的データを頭脳に蓄積している人間でないと
精度があがらないのではないか。
いくらコンピュータが進化しても
最終的にそれを総合・分析し纏め上げるのは
もうひとつの域のデータを持った人間なのである。
人間しかできない高度な推理があるのではないかと思う。

気象予報士などという職業がここ数年で跋扈してきているが、
資格を取ることだけが目的の安易な保持者では所詮・・・という気がする。

三国志の序盤のハイライトで赤壁の戦いというのがある。
劉備と孫権の連合軍が戦力的にそれを圧倒的に凌駕する
曹操の大軍を破ったという歴史的に有名な戦いである。
このなかで勝利を呼び込んだのが
「冬場における東南の風」を利用した戦艦への火攻めだった。

物語のなかでは諸葛孔明が祈祷して東南の風を呼び寄せたとあるが
そんなマジックはありえない。
もし事実としてもそれは孔明のパフォーマンスであっただろう。
要は当時の風水学の一部、現在の気象学に卓越していた所以だ。

この東南の風が吹く予想を実際にしたのは
果たして孔明なのか孫権の軍師、周瑜だったのか不明だが、
いずれにしても彼らは現代に生きていれば
関東のきょうの雪を予報できたにちがいない。

それにしても当時の2人は若い。
赤壁の戦いは、孔明が劉備の軍師となった後、
大きな活躍をした最初のデビュー戦というべきもので27才、
周瑜は孔明と6才ちがいの33。
物心ついてから天候のデータを頭脳に蓄積する期間は
わたしなどよりずっと少ない。

ちなみにこの戦勝の2年後、呉の美周郎、周瑜は早世した。


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ゆうきがふるう

2004.12.29 Wednesday 23:18
ことしはほんとに何でもあり、の年だ。
昨夜からの天気予報で東京など関東地方にきょうの午前中に
雪が降るということだった。

これは珍しいと思って、大掃除の早朝ゴミ出しも頼まれて、
わたしは徹夜して控えていたのだが、朝、外を見ると、雨。
都心では「ちゃんと」降っているらしい。

がっかりして、寝てしまったのだが午後、起きてみると・・・。
これは、撮らざるを得まい、とあわてて外に出た。
もう4時だったので、すぐ日没になってしまうからである。
雪景色

故郷が雪国なのでかねてより体験して知っていたことなのだが、
余程の追い風の吹雪でない限り、歩くと雪は顔面に襲いかかってくる。
雨より落下速度が若干、遅いためか雨よりもその確率が高くなる。
メガネなどかけているわたしはこれにはとても閉口させられる。
撮影もしづらい。
しかし、コンテンツ充実の数少ないチャンスを逃す手はない。
デジカメ・携帯・帽子をとって、それっ利根川方面へ。

雪は案外、寒くはないものだ・・・ってやっぱり寒いか。
とんぶら〜ねいじゅぅ♪ なんてアダモの哀愁のサウンドなんかを口ずさんでみる。
いつ聞いても悲しい曲だね。わたしは少しおなかが空いてきたけど・・・。

猛暑や台風、地震と天変地異オンパレードの2004年だった。
わたしの個人的な生活も異変に襲われた。
この雪は、来る2005年に向けて、「勇気を奮う」わたしを暗示させているようだ。
(♪Tombe La Neige です、念のため)


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霧害?

2004.11.02 Tuesday 23:49
昨晩から今朝にかけ自宅付近は霧に覆われた。
この地区に来て驚いたことは住宅地で霧が発生することだ。

初体験はタクシーに乗って帰宅しているときだった。
運転手氏によれば彼はもう慣れっこで、
「利根川が流れてるからね」。

川霧は年に何回もあるという。

確かにそうで、真夏より晩秋か春先に多い。
昼間暖かくて夜、急に冷え込んだときに発生しやすい。
そして霧が出た翌日は快晴になることが多い。

きょうもその例に漏れず、朝霧が晴れると秋晴れのいい天気になった。
よくよく考えるとそのしくみがわかる。

たとえば、晩秋の暖かい日とは、西高東低の気圧配置が崩れているとき、
すなわち東か南に高気圧があり西からの前線か低気圧が
通り過ぎる前くらいのときだ。

高気圧から低気圧へと気流が流れるから、
東南から比較的高温の風が吹くことになるので気温が上がる。
そして雨が降り終わり湿気がたまったところで低気圧が東に通り抜け、
西高東低の気圧配置となる。

このときはシベリヤとはいかなくとも、
北の中国方面の冷たい高気圧からの気流が北西から吹いてくるから
気温が下がるわけだ。

その変化が激しかったり、ちょうど昼から夜にかけて起こると
このような霧が発生することになるのだろう。
雨が降らないときも、もともと湿度がある利根川など大河の近辺では
温度差により霧が発生することになる。

霧はなかなか風情があって
わたしなどは柄にもなくロマンチックな気分になるのだが、
最初の体験時にタクシーの運転手は、
そんなわたしの思いを知ってか知らずか舌打ちをしながら、
「ガスがでてきやがった」。

運転し辛くなるわけだからタクシーの天敵ではある。
そう言えばミステリーの3大奇書のひとつと呼ばれる中井英夫の「虚無への供物」で、
洞爺丸の事故のことが出ていたけどあれこそ「霧害」のせいなのかな・・・
と思ったが、翌年の昭和30年の紫雲丸の沈没事件だったかも知れない。
趣はあっても霧は「無害」とは必ずしも言えないようだ。

しかし、それにしても、「ガス」とはまた無粋ないい様だなあ。

霧の戸田井橋  小貝川の霧
左は、午前7:30現在の戸田井橋(茨城県取手市・小貝川に架かる橋)近辺。
右は戸田井橋と小貝川を望む。


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